合唱団わをん

『田中達也合唱作品個展』

合唱団わをん プロジェクト#03

『田中達也合唱作品個展』

「なぜか音があたたかい」「詩の言葉が伝わってくるよね」。田中達也さんの合唱作品を聴いたり歌ったりして、そう感じたことはありませんか? ある時は新進気鋭の作曲家、ある時は一合唱団員、またある時は可愛いイラストの「あひる」さん。しかしてその実体は……?

初の合唱作品個展「光のかたち」(3月23日)を前に、本人を直撃し、音楽や詩、そして合唱とどう向き合ってきたのか、そして今回の委嘱初演作品『混声合唱とピアノ連弾のための 光のかたち』などにこめた思いについて聞いてみました。(インタビュアー 小国綾子)

 

◆詩の世界の中に違和なく音楽の家を建てるということ

 ――作曲に際して、テキストに用いる詩や言葉とどう向き合うかは、作曲家によって異なると思うんです。たとえば私自身、「詩を朗読する以上にその詩の世界を表現できなければ作曲する意味はない、という覚悟で作曲しています」と、ある作曲家さんから聞いたことがあります。「作曲は詩の翻訳」とおっしゃった方もいました。一方で「作曲は詩の音楽的翻訳ではない」という立場を取る方もいる。田中さんはどうですか?

田中 僕の場合は、詩の世界を音楽であらわす、というよりも、むしろ、詩の世界の中に音楽が入り込む、という感じなんです。まず、詩の世界があって、そこに「音楽」という名の家がぽんと建つ、みたいな。詩の世界に音楽が入り込んでも違和がないように、家を建てる、というのかな。

 ――詩の世界に、違和なく音楽の家を……ですか。何かきっかけがあってそういう姿勢になったのですか。

田中 現代詩をテキストにして書くようになってから、そういう思いが強まったんだと思います。今回の個展でも演奏する『男声合唱とピアノのための シーラカンス日和』を書いたあたりから、特にそうなってきた気がします。

 ――でも、ある意味とても誠実な、そういう言葉との向き合い方って、作曲の制約になりませんか。特に、今回の個展で委嘱初演する『混声合唱とピアノ連弾のための 光のかたち』の場合、詩人 原田勇男さんの作品をテキストに選んだ時点で、その作業はとても大変なものになると、素人目にも感じるのですが……。

田中 はい。まさにそうです。原田さんの詩を選んだ時点で僕はそれを覚悟していました。ほんとうに壮大な「家」になるなあ、と。でも、僕はそんなふうに言葉と向き合い、「違和のないように」と努めることを作曲の制約だと思ったことはないです。それを枷(かせ)と思ったことは……、本当に一度もないんですよ。

 ――そこ、興味深いです。田中さんが、言葉を自分の音楽の方にたぐり寄せるのではなく、むしろ逆に、詩の世界に違和なく〝音楽の家〟を建てよう、としているのは、作曲家としての田中さんのとても大切な個性のように思えるから。そんなふうに言葉と向き合うようになった理由って、どこにあるんでしょうね。

田中 うーん。もしかしたら、僕自身が合唱団の中で歌っているからなのかも。

 ――えっ。それ、根掘り葉掘り聞いちゃっていいですか。

 

   
  

◆作曲家が自ら「歌う」ことで失うこと

 ――合唱作品を書く作曲家さんたちを見回した時、合唱との距離はそれぞれに違うと思います。その中でも田中さんはきっと最も近い人の一人ですよね。合唱団員として常に歌い続けているわけですから。作曲家でありながら合唱団員として歌い続けていることで、なし得ることもあれば、失われることもあるんじゃないですか?

田中 はい。これはもう、「失われること」の方は数限りなくあると思うんですよ。

 ――うっ。 (先に「失われること」から語り出す田中さんに、内心激しく動揺)。

田中 やっぱりどうしても、作曲する時に、歌い手に不要なまでの配慮をしてしまうんです。歌い手の側の気持ちも知っているから。ハーモニーが鳴りやすい配置など、良くも悪くも最適解を見出してしまうから、つい…。それが結果的に作品を類型化させてしまう面もあると思うんです。

 ――つまり合唱団に対して、優し過ぎて、思いやりがありすぎて、かえって突き抜けられない「壁」を感じる、みたいな?

田中 はい、そうなんです!

 ――でも、歌い続けることで「失われること」をはっきりと実感しているのなら、もう思い切って「1年間合唱をやめて作曲に専念しよう」とか考えたことはないんですか? 合唱をやめた時に、僕にどんな新しい風景が見えるんだろう……みたいな。

田中 えっ。それはないです。……っていうか、うーん、やってみても、いいのかなあ。

 ――あ、ごめんなさい、冗談ですから、そんなこと言わないで。

田中 でも、僕はやはり合唱を歌い続けることを大事にしたい。もう、どうせなら、このまま、合唱で歌い続けながら、作曲をし続けながら、この道の先に何が見えてくるのかを徹底的に突き詰めたいと思うんです。 歌い続け、書き続けることで、活動が歪(いびつ)になるかもしれない。例えば、作曲家として合唱コンクールの審査をする一方で、歌い手として別のコンクールで歌っているわけです。そこで生じる何か一種の矛盾のようなものを飲み込みながら、それでも自分としては、どこまでできるか、挑戦だと思っています。

 ――挑戦ですか。やはり、歌い手としてあり続けながら歌い手への配慮を廃するというのは難しいですか。

田中 実は今回、個展のために書いた『混声合唱とピアノ連弾のための 光のかたち』(委嘱初演)は、そういった配慮をなるべく排除しようということを念頭に書き上げたものです。だからこそ、ぜひ多くの方に聴いていただきたいです。

 ――おお! 田中さんがその「壁」を突破しようとした作品なのですね。演奏する私たちも心して歌いたいと思います。

 

◆作曲家が自ら歌うことで得たもの

 ――田中さんが合唱の場にいること、団員として一緒に歌い続けていることで、作曲家として得ていると感じるものはありますか。合唱から遠く離れた作曲家には得られない何かを得ているぞ、という自負のようなものは?

田中 そうですねえ。うーん。歌い続けてきたことで、作曲家としてのテキスト選びの面に大きな影響を受けた気がします。僕は、合唱曲になることの多い谷川俊太郎さんや茨木のり子さんの詩をテキストに選ぶこともありますが、そうでないことも多い。初期作品『無伴奏混声合唱のための 朝の交響』の田口犬男さんの詩などは、合唱曲になるのはあれが初めてだったはずですし、今回の個展で委嘱初演する『女声合唱とピアノのための わたしの水平線』の高橋順子さんの作品だって、合唱曲になっている詩は多くないはずです。

 ――そんな風に詩を選ぶのは、歌い手としての視座があるからだと?

田中 はい。歌っているからこそわかることがあると思うんです。歌い手にとってはテキストから見える風景ってものすごく大事なんですね。僕自身が歌い手として、こういう作品があればいいな、テキストからこういう風景を見たいな、と思うものを、僕は作曲家として、テキストの選択を通して、歌い手に見てもらいたい、と思うんです。

 ――なるほど。ところで作曲家として、ご自分の作品を合唱団の中にいて歌うというのは、ある意味でしんどくないですか。自分の頭の中で鳴っている理想の音と、その場で鳴っている音との乖離はどうしてもあるだろうし。

田中 うーん。もちろん、しんどい面はあるかもしれません。そのためについ、仲間への言葉が過ぎてしまうこともあります。でも僕はやっぱり信じているんです。「音楽は誰からも等距離だ」と。それはもう、作曲家であろうが、ピアニストであろうが、歌い手であろうが、音楽教育を受けていようがいまいが、やっぱり音楽はみんなと等距離なんだ、って。だからこそ、音楽にたどりつくまでのやり方はそれぞれ違うだろうけれど、そこに立ち止まるのではなく、それぞれが色々な方法を使って、一緒に音楽にたどりつきたいんです。みんなでたどりつけるといいな、と思っているんです。だから、やっぱり、「なんとしてでもみんなで音楽にたどりつきたい」と思うんです。

 

◆「原田勇男詩集」との出会い

 ――田中さんが、合唱団で一緒に音楽を囲む仲間としての顔を持つからこそ、作曲家としてテキスト選びを大事にしていることがとても良くわかりました。では今回の委嘱初演作品『混声合唱とピアノ連弾のための 光のかたち』のテキストとなっている、原田勇男さんの詩集はどんなふうに選んだのですか。

田中 僕は普段から、少しでもぴんとくる詩集があったら即買って家の本棚に並べておくようにしています。それとは別に、「よし、作曲しよう」と決めた時には、テキストを探しに本屋に行きます。1時間でも2時間でも詩のコーナーで物色します。よく行くのは池袋のジュンク堂書店。詩のコーナーが充実しているので。 でも原田さんの詩集と出会ったのは、2018年の5月か6月ごろ。あの日は「近場でもいいかな」と吉祥寺のジュンク堂書店に行ったんです。そこで出会ったのが、現代詩文庫の『原田勇男詩集』でした。

 ――ということは、個展開催が決まってからの出会いだったんですね。混声の委嘱初演作品のためにあの詩を選んだ?

田中 そうです。実は、女声(注:個展で演奏されるもう一つの委嘱初演作品『女声合唱とピアノのための わたしの水平線』のこと)の方はもう、「書くならこの詩で」と決めていた詩集があったんです。それが詩人 高橋順子さんの詩集『あさって歯医者さんに行こう』。こちらは10年ぐらい前、出版されてすぐに買って、家に置いてありました。でも、混声作品の方は、個展開催が決まった後から見つけたテキストです。

 ――原田さんの詩のどこに惹かれましたか。

田中 原田さんの詩って直接的には「人間最高!」とは言ってないじゃないですか。むしろある意味、泥臭い部分とか、人間の業とまでは言わないのでしょうが、きれいなだけでは済まないところまで言葉にしている。僕はそこに惹かれたんじゃないかと思います。あの詩集を見つけた日、その場で買って帰りました。

 ――今回の作品『光のかたち』は三楽章構成ですが、一番最初に選んだ詩はどれですか。やはり、作品タイトルにもなっている終曲テキストの詩「光のかたち」ですよね。

田中 いえいえ、それが実は違うんです。二楽章の詩「海が満ちてくるとき」が最初に目に留まりました。

 ――えーっ! 「海が満ちてくるとき」が最初だったんですか? でも、あの作品は原田さんが70代の頃の、東日本大震災前に書かれた作品でしょう? あの詩を最初に選んでおいて、残り2つのテキストはあえて20代の若い頃の作品から選んだんですか?

田中 そうなんです。確かに「海が満ちてくるとき」は他の2作品とは時期が全然違いますよね。僕は今回、実は最初から三楽章構成にしようと思っていたんです。そして、若い頃の詩作品で曲を書きたいという思いもありました。でもその一方で、何か「変わらないもの」を二楽章に置いてみたかったんです。海は海であって、海であり続ける。人間の考えや意識は変わっていったとしても、海は変わらない…そういう存在として。僕のイメージでは、一楽章の「未明の声」は闇、三楽章の「光のかたち」は光なんです。闇と光。その対比の中でも、海は海。決して、変わらない、と。だから最初に選んだ詩は「海が満ちてくるとき」だし、曲を最初に書き上げたのも二楽章だったんです。

 ――ああ、だから。二楽章だけ無伴奏で、しかも6声体で、A-mollのまま途中でわずかに同主調転調させるだけ、みたいなことも「変わらないもの」というテーマにつながっていくわけですか。

田中 はい、音楽のかたちでも「変わらないもの」を表現したいと思いました。

 ――最初に選んだ詩である「海が満ちてくるとき」の中で、田中さんが一番、ぐぐぐっと来た言葉や表現、フレーズなどはありますか。

田中 最後の、<魂の滴を売りにいく…>でしょうか。僕、こんなことは珍しいんですけど、この詩句を見た瞬間に、ぱっと音が浮かんだんです。メロディーというか和声の感じがガーッと。6声体の曲の場合、全パートが同じ動きをする箇所というのはもちろん気合が入っている箇所なんですが、<魂の滴>はまさにそういう言葉でした。あの言葉から逆算して作曲したとすら言えます。

 ――<魂の滴>という表現を軸に、ほかの2つの詩も選んだわけですか?

田中 はい。二楽章の詩の次に選んだのは、三楽章の「光のかたち」です。合唱曲のテキストとしては明らかに長過ぎるんですが、こういう時代だからこそ……って言うと何か平板になっちゃいますけど、それでもやはり、何か光るもの、明るく輝くものを追い求めたいという思いがあって。それで三楽章の詩を「光のかたち」に決めたら、一楽章の「未明の声」も自然に決まった、という感じでした。

 

◆なぜ「ピアノ連弾」か

 ――ところで今回の混声委嘱初演作品はピアノ連弾です。これはなぜですか?

田中 実はテキスト選びよりも先に決めていたのは、「ピアノ連弾」というスタイルの方でした。僕は混声とピアノ連弾、というスタイルで書いたことがほとんどなかった。個展では、せっかくピアニストが2人いらっしゃるので、ならばぜひ連弾の曲をやりたい! と。

 ――へええ。でも、2台ピアノではなく「連弾」をあえて選んだのはどうしてですか。2台ピアノにない、連弾の魅力って何でしょうか。

田中 もちろん、再演可能性や費用の問題もありますが、連弾には連弾ならではの魅力があると思うんです。2台ピアノと同じように、連弾でも、4手ですから音は厚くなります。ただ、連弾の場合、2人でガシャッと和音を鳴らしたりすると、2台ピアノと違ってかえって音の響きが悪くなってしまうんです。1台のピアノでたくさんの弦が一度に鳴ることで音が悪くなるわけです。だから、今回は音数よりも、連弾によって得られる運動性の方に注目して作曲しました。

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